エドガー・ケイシーと学ぶ 魂の学舎 │ 態度と健康


エドガーケイシー学園エドガー・ケイシーと学ぶ 魂の学舎



態度と健康

ウイリアム・A・マクギャレイ医学博士
AREクリニックの専属医師



健康への道 態度について考える

態 度は、しぐさや気分、あるいはその時のムードを表現した姿勢によって感じることが出来ます。例えば、親切な態度とはどのようなものでしょうか。これは人が 人生に対して応用している霊的な姿勢や、多分に物質的な態度の方向性によって示すことができます。これらはまた動作も含みます。

ある時、友人と一緒にホテルのロ ビーに座っていたときのことが思い出されます。私たちの会話は、チェックアウト・カウンターから聞こえてくる口論によって中断されてしまいました。ある男 性が大きな声と怒りに満ちた顔で、ホテルの請求額に対して文句を言っていたのですが、その態度は、その人の心の動乱をはっきりと示していました。私の友人 は「まったく、あの男の態度を見てみろよ!」と言いました。まったくその通りでした。 その男性の態度は、私たち2人から見て非常にネガティブに感じられました。そしてそれは身体の内部に不調を引き起こすだけにすぎない態度だったのです。

その後、私は友人のオフィスである訓辞がかかっているのを見ました。
その訓辞曰く「態度がすべてである」。
私の友人はもちろん、正しい態度を選択することで何でも可能になる、ということを言いたかったわけです。

再 び私たち2人は、その訓辞に掲げられている態度とは、ポジティブなものか、クリエィティブなものか、あるいは、あのチェックアウト・カウンターでの男性の ようなものであるのかどうか、考えてみました。多分その訓辞はチャールズ・スウィンドルの引用句から来たものだったのかもしれません。
つまり「私 は長く生きていけばいくほど、人生における「態度」からの影響力について認識するようになってきた。態度は事実、金銭、失敗、成功、そして他の人が何を考 えたり言ったりしたりすることよりも、もっと重要である。驚くべきことは、私たちは毎日どのようにその日を迎えるかという態度を選択できるということであ る。人生は10%が私に何が起こるかである。そして残りの90%は、私がそれに対してどのように反応するかなのである。私たちは皆、自分達の態度に責任を 負っている」

態度は確かに習得可能なものです。 私たちは自分達の態度を選択し、まるで私たちの顔の上にのっかっている鼻と同じくらいの真実さを持って、しかしさらにもっとパワフルに、あたかも癖のように私たちの潜在意識の中で堅実にその態度を実行します。
私 たちの日々の活動において習慣的になってしまっている、そんな「良い、あるいは悪い」態度は、良い方向に転換することが可能であり、繰り返し行うことに よって強化していくことが出来ます。あるいはまたどんなに良い態度でも、怠慢して行わないといずれ去っていってしまうこともあります。私たちは自分の態度 とはどのようなものであるのか知る必要があり、そして私たちのより深いところの欲求が本当に欲しているものを満たすために、その態度を応用してみる必要が あります。
というのは私たちの態度いかんによって、創造的にも破壊的にもなることが出来るからです。従って私たちは私たちが過去に何を選択してきたか、そして現在私たちは何を欲しているのかを理解する必要があります。

ケ イシーはリーディングの中で、神はさまざまな状況において我々がどのように反応するかを見ており、それによって私たちが神と同調するためにどれほど近くに いるか、あるいはどれほど離れてしまっているかの全体像が分かると述べています。私たちの反応は内なる潜在意識からもたらされますが、一方、私たちの目覚 めている顕在意識は、私たちの行動を実際に行うためにさまざまな選択肢を応用しています。私たちは、自分達の顕在意識を使って、自分の欲求や必要性が何で あるのかを自身に教えます。また同時にこれらの欲求や必要性は私たちの潜在意識下でどんどん強くなっていきます。そして私たちにとって最良のものは何であ るのかを考える時間が無いとき、私たちの潜在意識が反応し始めます。そして潜在意識の外の顕在意識は、過去で私たちが自分自身に教え込んだ態度を完璧に行 います。そのように習慣的なパターンから顕在意識が発動し、潜在意識は反応します。良かれ悪しかれ、この単純なことを私たちは行っているのです。そのため 私たちはしばしばこう言うのです、「仕方がないだろ、私はそういうふうにしか出来ないんだから」と。

私たちが態度に目を向けるとき、以下のことを認識する必要があります。
そ れは、私たちは「今生のどこかの地点で」たどるべき1つの道を自分で選択し、故に私たちは日々の生活において、私たちの態度を意識的に活動させるための最 初の歩みを既に始めてしまったということです。私たちはこの地球という次元にいる間、いつも時間の中で動いており、「私たちの感情のみならず」私たちの態 度は私たちの行動を形成し、意味を加えています。今この瞬間は常に次の瞬間がやってくると終わりを迎えます。従って最初の瞬間は過去の1部となってしまい ます。同様に私たちが、既に選択してしまったさまざまな態度は、その態度を私たちがどれほど忠実に行ったかどうかによって、(今の)生活を変えてしまって います。

それでは、私たちの全生活を通して、私たちはこれらの反応、これらの態度によってどのような方向に導かれてきたのでしょうか?ほとんどの場合、私たちは神の道か、あるいは自分で選んだ道のいずれかによって導かれてきています。

私 たちが生きていくには、この現在の瞬間だけしかありません。過去はいつも変更不可能であり、未来は依然としてその大部分が未知です。この刹那(せつな)、 「この瞬間」、私たちが態度を変えるような選択をした場合、それよりも前の瞬間に行った態度の結末、あるいは目標も永遠に変わってしまいます。「選択でき る」というパワーのために、どのような未来になるかということは常に未知です。

715-2 のリーディングの中でケイシーは、物質的および精神的活動の全てにおいて、何らかの意味があると信じている建設的な精神態度と霊的態度は、人類に奉仕する というような人生を作り出すと述べています。それは利己的な人生ではありません。そしてその後どのようなことが起こるかと言うと、肉体と精神が造物主、内 なる神とより同調し、その結果どのような肉体的調整が行われようと、癒しの能力が高められるのです。

「精 神体を建設的な態度に保ちなさい。 霊的態度を、物質的かつ精神的活動の全てにおいて、何らかの意味があるというようにしなさい。そしてこれらの目的は神の栄光の賛美を名目とした自己権力の 強化であってはならない。また肉体それだけの保護であってもならない。そうではなく、創造的諸力(CreativeForces)に対する栄光を表すよう にすべきである。
そしてその創造的諸力(フォース)は地球において、キリストのパワーを通して各個人1人1人に与えられた遺産なのである」 (715-2)


す でに私たちは、肉体それ自体はそのままの状態ではもともと原子で、それゆえ物質的世界に属しやすいことを知っています。精神と霊(スピリット)はもちろ ん、物質的/原子的肉体を援助するか、あるいは妨げるかのいずれかで活動的に作用します。もし私たちの本質であるこれら2つの部分が建設的、創造的な態度 によって刺激された場合、それは癒しのプロセスにおいてもポジティブな要因となるのです。

しかしながら、全ての物質は、私たちが神と呼ぶ力(フォース)によって作られているということを忘れてはいけません。そして物質は癒しのプロセスにおいても重要な役割を果たすのです。

「肉 体的反応の病理的要因の全てに伴い、肉体は原子の構成によって作られているため、誘導的力(フォース)あるいは建設的力となるものは精神である。その精神 における力(フォース)が発端となって精神が動き出すのである。そして霊的影響力に向けて保たれた態度によってそれらの力(フォース)が付加されるのが見 て取れる。

精 神的および霊的態度は矯正的処置を行う影響力の1部である一方、肉体が感染的力(フォース)あるいは病理的状態を形成するなんらかの力(フォース)を通し てバランスを失ってしまうと、そのような調整における適切な調整、かつ適切な協調的反応に向けて、肉体的応用を通して組織の中で欠如してしまっている恐れ のあるこれらの要素、これらの影響力を付加するために、時として通常のバランスを作り上げることが必要となる。 (1245-1)
従って態度を創造的に保ちなさい。全ての癒しがもたらされるのは源からであるということを知りなさい。それは自我ではない。 それは各個人が創造された際の要素を実用的に用いることであり、その本質こそが欠如しているのである。これらのものこそ付け加えられなければならない。全てのパワー、全ての力(フォース)は1つの源である、神の創造的力なのである。それがないと希望は無いに等しい。 これらの力を用いることで希望が生まれるのである。 (4099-1)


態 度とは、私たちが先に進むために選択した方向として考えると良いでしょう。態度に関する最も重要な事実は、態度は修正することがたやすいということです。 私たちが混乱してしまったり道をはずれてしまったと感じるときはいつでも、私たちは常に私たち自身に新たな方向性を与え、神を共にあるワンネスに向かって 進むことが出来ます。その時こそ選択のパワーが私たちの役に立つのです。



この記事は、アリゾナのAREクリニックの許可のもと邦訳しております。

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